■京浜臨海工業地帯 新興編■ (2004年11月13日/2004年7月3日)

鶴見〜横浜間の臨海地帯に広がっていた貨物線、新興線の夢の跡。。。


■高島線新興駅■

PENTAX *istD + A35mmF2.8
(35mm 1/90 F2.8 ISO200)
[2004/07/03 18:20]
PENTAX *istD + FA43mmF1.9L
(43mm 1/125 F2.8 ISO200)
[2004/11/13 15:53]

新興線最初の探索は7月。高島線の新興駅から南方向に分岐する新興線。
左方向に大きくカーブしていく単線が新興線。
線路は草むしているが、レールは残っている。
しかし写真隅ギリギリのレール上に、車止めが設置されているのがわかる。

そして第二回目の新興線探索は4ヶ月後。冬の黄昏は早い。夕陽で金色に輝く新興駅。



PENTAX *istD + A35mmF2.8
(35mm 1/30 F2.8 ISO200)
[2004/07/03 18:24]
PENTAX *istD + A35mmF2.8
(35mm 1/125 F3.5 ISO200)
[2004/07/03 18:23]

左写真。高島線方向を見る。
ぐぐっと急カーブしてきた新興線は・・・

右写真。いきなり終わっとる・・・orz
レールの上に土を盛って、敷地にしているようだ。
すぐにレールが顔を出し、先へと続いていく。



PENTAX *istD + A35mmF2.8
(35mm 1/30 F4.5 ISO200)
[2004/07/03 18:26]
PENTAX *istD + A35mmF2.8
(35mm 1/60 F4 ISO200)
[2004/07/03 18:38]

だが、レールが残っているのはこの辺りだけ。
ちょうど日本ビクターの工場が密集している。
恵比須運河の恵比須橋を渡って進むと、恵比須町の踏切へ。

右写真は、恵比須町の踏切。
新興線の本線は直角ターンして東進していくが、ここからスイッチバックする形で恵比須町の昭和電工専用線が複雑に分岐していた。




■恵比須町■

PENTAX *istD + FA43mmF1.9L
(43mm 1/45 F4.5 ISO200)
[2004/11/13 16:09]
PENTAX *istD + FA43mmF1.9L
(43mm 1/60 F4.5 ISO400)
[2004/11/13 16:10]

左写真は、恵比須町の昭和電工入り口前の踏切跡。前方が東方向になる。
既にレールは踏切上にしか残っておらず、雑草が生い茂っているだけ。

反対方向、つまり昭和電工専用線の末端方向を見る。
こちらも道路上だけレールが残っているが、その先は既になくなっている模様。

ちなみに、ここの昭和電工工場には「構内撮影禁止」と掲示されている。
工場写真は諦めて、地面ばかり撮影して退散。




■宝町■

PENTAX *istD + A35mmF2.8
(35mm 1/45 F3.5 ISO200)
[2004/07/03 18:41]
PENTAX *istD + FA43mmF1.9L
(43mm 1/45 F4.5 ISO400)
[2004/11/13 16:24]

恵比須町から東へ進み、宝運河を渡ると宝町。
左写真は宝運河の鉄橋。

道路の北側を新興線は併走していた。
いまはレールがすべて撤去され、路線跡だけが残っている。



PENTAX *istD + FA43mmF1.9L
(43mm 1/60 F2.8 ISO400)
[2004/11/13 16:32]

さらに東へ進むと、新興線本線から90度南方向に分岐する新日本石油専用線があったはず。
おそらく右写真の、左手前側から線路が分岐し、電話ボックス手前側の辺りを右手方向斜めに道路横断していたのだろう。

写真正面奥で道路が盛り上がっているが、恵比須運河を渡る橋。
この橋を渡ると、いよいよ神奈川区から鶴見区へ入る。




■大黒町■

PENTAX *istD + A35mmF2.8
(35mm 1/45 F4 ISO400)
[2004/07/03 18:53]
PENTAX *istD + A35mmF2.8
(35mm 1/90 F3.5 ISO400)
[2004/07/03 18:57]

この広い空き地が、新興線新興駅跡。
その空き地に面しているバス停は、いまでも新興駅前である。



PENTAX *istD + A35mmF2.8
(35mm 1/45 F2.8 ISO400)
[2004/07/03 19:00]
PENTAX *istD + FA43mmF1.9L
(43mm 1/30 F2 ISO400)
[2004/11/13 16:47]

新興駅舎?
そして新興駅をすぎてからも、踏切を渡って線路は先に続いていた。




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